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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1577号 判決 1980年2月04日

控訴人

株式会社第一勧業銀行

右代表者

村本周三

右訴訟代理人

奥野利一

外二名

被控訴人

釧路総業株式会社

右代表者

東海林明

右訴訟代理人

中村健

外一名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一<省略>

二被控訴人は、右債権譲渡につき、訴外会社もしくは、その委託を受けた被控訴人が、訴外愛知信用金庫を通じて、昭和五一年七月八日ころ、控訴人に対して、右債権譲渡の通知をした旨主張し、弁論の全趣旨によれば、右主張は、右通知が前記示談の旨を記載した和解書(甲第二号証)を控訴人に送付することによつてなされたというにあることが明らかであるので、右主張につき判断する。<証拠>によれば、訴外会社代表取締役浜谷彰は、前記示談をするに先立ち、本件手形の記載事項を表記し、その下段に、和解事由として、「上記の異議申し立をしておりましたが、双方の話し合いの結果和解が成立しましたので異議申し立の供託金の返還を御願い致します。供託金は取立人に返却御願いします。」とタイプ印刷した和解書と題する書面(甲第二号証)を用意し、右示談成立の際、右タイプ印刷部分の更に下段に、被控訴人会社の事務員が、「上記の件同意します、」と添え書きしたうえ、これに被控訴人、訴外株式会社兼商金丸物産及び訴外会社が記名押印したこと、被控訴人は、訴外厚岸信用金庫に対し、右和解書三通を交付して、不渡事故解消届出手続及び預託金返還請求手続を依頼し、右金庫の職員中田靖は、更に本件手形の持出銀行である訴外愛知信用金庫に対し、右和解書二通を送付して事故解消届の提出方を求めたが、その際委任状の添付を失念したため、じ後の手続が進行せず、預託金の入金を待ちわびる被控訴人から再三にわたつて督促を受けたので、右中田は同月八日控訴人名古屋ビル支店の預金副長工藤啓に電話をもつて、右不渡事故は手形当事者間の示談によつて解消し、右預託金は被控訴人が受領することとなつた旨説明し、とりあえず簡便な方法として、右手形を再交換にかけることにより被控訴人に入金してほしい旨申入れたが、工藤は一旦不渡りとなつた手形を再交換にかけることは手形交換所において禁止されていることであり、被控訴人としては、右預託金を当然預託者である訴外会社に返還すべく、右預託金のその後の処分、授受については手形当事者間で処置されたい旨回答して、中田の右申入れを拒否したこと、そこでやむなく中田は、即日テレツクス(甲第五号証)をもつて愛知信用金庫に不渡事故解消届の提出を依頼し、同金庫は同月九日控訴人に対し、不渡事故解消届及び和解書一通を送付したこと、控訴人の行員前記工藤啓は、直ちに名古屋手形交換所に右不渡事故解消届を提出し、同日同交換所から異議申立提供金三七〇万円の返還を受けたが、和解書については、右不渡事故解消事由として、手形当事者間に示談が成立したことを確認したのみで、右三七〇万円を預託金返還分として即日訴外会社の預金口座に振り込んで返還したこと、以上の事実が認められる。

ところで、指名債権の譲渡につき、民法四六七条一項は、「指名債権ノ譲渡ハ譲渡人カ之ヲ債務者ニ通知……スルニ非サレハ之ヲ以テ債務者……ニ対抗スルコトヲ得ス」と規定しているのであり、しかも元来債権譲渡は、従来の債権者と当該債権を譲り受ける者との間の無方式の契約によつて有効に成立し、その間に債務者の関与を必要としていないのであるから、債権譲渡契約に全く関与していない債務者に対し、書面をもつて、右法条にいう対抗要件としての通知をなすには、その書面自体に、債権譲渡の事実を明瞭に表示してなすべきであり、仮にその書面自体に債権譲渡の事実が明記されていなくとも、右通知の前後の客観的諸事情と書面の記載文言とを総合すれば、債務者にとつて、債権譲渡の通知であることが容易に観取しうる程度の文言が記載されていることを要するものと解すべきである。これを本件についてみるに、前記認定のように、本件預託金返還請求債権の譲渡は、前記示談における被控訴人と訴外会社との合意に基づくものであつて、控訴人はこれに全く関与せず、前記和解書(甲第二号証)には、和解事由として、前記のように「上記の異議申し立てをしておりましたが、双方の話し合いの結果和解が成立しましたので異議申し立ての供託金の返還を御願い致します。供託金は取立人に返却御願いします。」との文言並びに「上記の件同意します」との文言が記載され、これに被控訴人、訴外会社及び株式会社兼商金丸商店の三者の記名押印があるだけであつて、前記認定の債権譲渡の事実を明瞭に表示した記載はないのであり、右各文言自体も、控訴人に対し、本件預託金を被控訴人に返還するよう求めているにとどまり、前述のように右和解書の送付を受ける以前に、控訴人の行員工藤啓が厚岸信用金庫の職員中田靖から、電話で聴きとつた説明内容を併せ考えても、右文言から右債権譲渡の事実を観取することを、控訴人に期待するのは、酷であるという外はない。(なお、原審における被控訴会社代表者東海林明本人の供述中には、前記示談の際、訴外会社代表者浜谷彰が、控訴人の名古屋ビル支店の支店長代理に直接電話で、右示談の趣旨を連絡した旨の供述部分があるが、これは、原審証人工藤啓の証言に照らし、措信することができない。)

してみれば、右和解書の送付をもつてしては、本件債権譲渡の通知があつたものとはなし難く、従つて被控訴人は、右債権譲渡をもつて控訴人に対抗することを得ないというべきである。

三以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべきであり、これと異なる原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(森綱郎 新田圭一 真榮田哲)

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